2018年4月6日金曜日

性についての考え方(自論)


 私の考え方は、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイ、トランスジェンダー)やその他の性的マイノリティ(パンセクシャル、Aセクシャルなど)に近いかもしれません。フリージェンダーというやつです。一種のアナキズムかもしれません。

 男性とか女性とか、そういうのは社会的に作られた習慣的なもので、実際にはなにも存在していないんだ。あるのはオスとメスの体の構造の違いだけだ。それだけの小さな違いを絶対視する必要はないと思うのです。だから男女関係なく平等に扱われる社会にも大賛成ですし、同性愛でも異性愛と同じように結婚できるようにするのに大賛成です。愛し合っているという点では同じですからね。


 私の世界には、男女の枠組みも、同性愛者や両性愛者や無性愛者といった枠組みもありません。そこには人間がいるだけです。いや、人間という言い方にすら違和感を覚えます。動物や植物、さらにはその他の有機物や無機物も同じです。「存在」という言い方がいいと思います。「存在」が、それぞれ好きなように別の「存在」とくっついたり離れたりしている。それだけです。
 そこには何の枠組みもありません。ただ、そのままでは理解しきれず、生活しにくいですから、我々が勝手に枠組みを設定し、他者と共有しているだけです。大したことは何もありません。すべては我々の認識が作り出したものです。この点で、ニヒリズムに近いかもしれません。

 また、友達とか、恋人とか、そういう人間関係の区別も本来はないものだと考えています。友達として好きなのか恋人として好きなのかの区別がわからないというものがあります。もともとそんな区別なんてないのです。1メートルの線があるとして、それを各々が勝手に「ここまでが友達。これより向こうは恋人」という風に考えるだけです。一緒の部屋で寝るとか、手をつなぐとか、そういうのは一種の目印です。50cmとか75cmとか、そういうのと同じです。そういうのをごちゃごちゃ言っているだけです。大したことはありません。人それぞれのことです。それを他者に押し付けるのはやめるべきでしょう。このような考え方は、リレーションシップ・アナーキー(Relationship anarchy)と呼ばれるらしいです。

このような考え方をしています。何かの参考になれば。

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