2018年4月6日金曜日

いじめ体験談的なもの

 私は子供時代にいじめを受けたことがあります。その体験談など。主に小学校と中学校での出来事について。
 この前、休みということもあり、時間がありました。そこで、ふと自分の過去のことを振り返ってみたのです。すると、自分の子供のころの出来事、特に「いじめ」のようなものが、私の価値観とか考え方を形成するうえで、非常に大きな影響を与えたということがわかってきました。その結果、どうやら私は屈折して、社会で「正常」とされているライフスタイルや考え方から逸脱してしまったようです。
 そこで、自分の受けたいじめというものを書いてみたいと思います。ただ、注意が必要なのは、これは主観的に認識されたものだということです。いじめをするほうからしたら「こんなの遊びでしょ」とか、先生からしたら「ただの遊びでしょ」ということもあるかもしれません。客観的にはあんまりたいしたことではなかったのかもしれません。しかし、私個人にとってはとても嫌なことで、「いじめ」だと思っていました。殴る蹴るについては、犯罪であるとも思います。昔の出来事で、記憶違いなども多少はあるかもしれませんが、そのあたりはご容赦願います。
 著者の基本プロフィール
年齢......現在、20歳前後
性別......身体的には男性(ただし、精神的には男性であることにも女性であることにも納得していない。このことについてはまた記事を書くかもしれません)
外見......やせ型、眼鏡
性格など......自分では判断にくいが、内向的だと思われる。インドア派。
趣味......読書、音楽鑑賞、ゲームなど
  

  小学校時代

 小学校の頃は、中学校の頃と比較すると、あまりいじめはひどくなかったと思います。というのも、中学校時代のいじめの加害者となる人は、同じ小学校ではなかったので。ただ、いじめがないかといえばそんなことはありませんでした。殴る蹴るの暴力は少なくて、悪口(名誉棄損)とか器物損壊が多かったように思えます。昔のことであまり覚えていませんが、覚えている範囲で。
・靴や水筒を隠される。
・「○○(私)菌」がつくと言われる。菌扱いされる(これは他にも言われている人がいた)。
・机の上に落書きされる。
・服を濡らされる。
・声とか話し方をバカにされる。
・外見(あんまり書くと個人が特定されそうなので詳しくは書きませんが、体のある部分が左右で大きさが違うということ)をバカにされる。
などが主ですかね。いろいろと言われたりやられたりして、私は当時怒ったり泣いたりして、それが彼ら(いじめっ子)にとっては面白かったらしいですそれで、このような嫌がらせが続いたと考えられます
小学校時代は、先生は比較的しっかりと対応してくれました。先生に言うと、先生はいじめっ子を注意してくれました。しかし、何度注意されても彼ら(いじめっ子)は嫌がらせをやめませんでした
一番記憶に残っているのは、遠足に行った時の出来事です。そこには手すりのない橋がありました。高さは5mぐらいだったような気がします。その橋をみんなで渡っていたのですが、いじめっ子が私を橋から突き落そうとしてきたのです。「殺す気か!!!!」という感じです。手すりがないので簡単に落ちてしまいますし、高さも高いので、運動神経のない私ならきっと落ちたら死ぬと思います。当時小学生ですし。本当に恐ろしいことをしやがるなと思いました。落っこちればいじめが大ごとになって復讐できるかと思いましたが、死ぬのが怖かったので頑張って抵抗し、落ちずに済みました。多分彼(いじめっ子)にとっては「ちょっとビビらせてやろう」というつもりだったのかもしれません。しかし、怖すぎます。せめて、手すりがある安全なところにしてくださいという感じです。
まあ、小学校時代はこんな感じですかね。

  中学校時代

 中学校の頃、特に一年の頃が私の人生では最悪です。その中学校(地元の公立)には、私の出身の小学校(公立)と別の小学校(公立)の二つから生徒が入学します。いじめっ子になったのは、その別の小学校から進学してきた生徒数人です。小学校時代のいじめっ子は別の中学校(おそらく私立か)を受験して進学したので(いじめっ子とはいえ、頭はよかったんですねえ)、いじめからは解放されるかと思いましたが、別の人がいじめっ子になるだけで、むしろさらにひどくなりました。
 まず、いじめが始まった経緯をお伝えしましょう。入学直後、委員会とか役割分担を決めます。例えば、クラスを代表するクラス長とか、病気の人をチェックして保健衛生を担当する保健委員とか、国語の授業の準備や片づけをする国語委員などです(役割の名前は記憶があやふやであまり覚えてないですが)。
 そこで、私は社会の授業が好きだったので、社会委員に立候補しました。しかし、「委員会などというものは自分でやりたいのを立候補するのではなくて、仲のいい同性の友達と一緒にやる」というのが普通だったのでしょう。教科ごとの委員はそれぞれ二人選ぶのですが、国語とか数学とか、ほかの教科はすべて同性の友達同士(男二人、あるいは女二人)でやっていた記憶があります。そんな中で、私は友達もいませんでしたし、一人で立候補したわけです。そうしたらある女子が社会委員に立候補しまして、唯一男女ペアになったわけです
 これがどうやら、彼ら(いじめっ子。小学校時代のいじめっ子とは別人。別の小学校から来た)には面白かったみたいです。からかわれるようになりました。彼らは「あの子のこと好きなんだろ?」とか言ってきました。私は別にその女子をなんとも思っていなかったので、「そんなことはないよ」と言いました。しかし、その回答ではつまらなかったらしく、しつこく言ってくるので、私が怒り出すと、私のその反応を面白がってからかい始めました。「式に決まってるだろ。そうでなきゃどうして一緒に委員なんてやってるの?」「ほらほら、そんなに怒っちゃって。怒るほど好きなんだね」という感じですかね。結局、「本当は好きなのにそう言わないなんて嘘つきだぞ!!」となって、「いや、僕は嘘つきなんかじゃない!!」と言い返す。すると「うーそーつきっ!!うーそーつきっ!!」みたいな雰囲気になる。そして、私は自分の名誉を「嘘つき」という言葉で不当に傷つけられ、泣くわけです。すると、それがまた彼らには面白かったようで、さらにいろいろなことを言いふらされるようになります
 これが始まりですね。この出来事は、かなり私の人生全体に影響を与えました。その結果、私が「正常」とか「普通」とか言われる考え方や生き方から逸脱することになりました。このことについては、また詳しく記事を書きます。
 さて、これ以降、私の対応を面白がった彼らは、様々なことをしてきます。
軽いほうから言っていきますと、
・机に落書きをされる
・根拠のないうわさを流される。
・給食のメイン料理やデザートを奪われる。
・筆記用具や持ち物を汚されたり、隠されたり、ごみ箱に捨てられる。
・変な声を出させられる。
・服を脱がされる。
・浣腸される
・複数人に取り囲まれて殴る蹴るなど暴行される。
などですね。個人的には浣腸のほうがよっぽど嫌なんですけど、重大性から言うと複数人からの暴行のほうが重いかなと思い、この順番で並べました。持ち物をめちゃくちゃにされるのは、身体的にはなにも痛くないんですけど、やっぱり自分のことというよりは、親が頑張って働いて得たお金で買った大切な物を、そういうふうに扱われるのがとても嫌でした。あと、変な声を無理やり出させられるというのはいまだに謎。
頻度は、結構多かったように思います。時期によりますが、一週間に一度は持ち物のうち何かがなくなっていますし、複数人に殴る蹴るをされるのは、毎日とまでは言わないまでも、一週間に2、3日程度はありました。彼らの興味が自分に向いていなければ平和なのですが、他の人がいじめられていることもあるので複雑な気持ちです。自分に興味が向いているときは休み時間になるたびに集まってきて、殴る蹴るなどの暴行が授業が始まるまで続く、という日もありました。朝、学校に行くたびに、「今日は何もされないといいなあ」と思っていました。

 あと、こういう行為自体もひどいのですが、先生の対応が特にショックでした。先生が、ちゃんと対応してくれないのです。先生に言っても、先生はいじめっ子を注意しません
 あるとき、私はいつも通り教室の隅で殴る蹴るの暴行を複数人から受けていました。ちょうどそのとき、担任のA先生がやってきたので、敢えて担任に見える場所向かって頑張って逃げつつ、先生のほうを向いて、口には出さないものの、「ねえ、僕いじめられてるよ(迫真)」という顔をして、助けを求めることにしました(我ながら戦略的)。しかし、担任のA先生は、ちらりちらりと私のほうを見るのですが、すぐに何事もなかったかのようにそっぽを向くわけです。これは、ショックでした。あのときのA先生の顔は忘れません。
 ただ、先生がちゃんと対応してくれたことが二回だけあります。
 一つは、親が苦情を言ったとき。私は親にいじめのことを言っていました。幸運なことに親は親身になって話を聞いてくれて、それが救いでした。そんなある日、親が私の体が傷だらけだと気が付いて、これは問題だということで、学校に苦情を言いました。その次の日、すぐに担任Aが「体調は大丈夫か」などと言ってきました。さんざん無視していたくせに。何をいまさらという感じです。さらに、面白かったのは、いじめっ子たち本人が、まるで「自分たちは優しい味方ですよー」という雰囲気を醸し出しつつ、「おい、お前。服脱いで背中見せてみろ。誰にこんなひどいことされたんだ?そんなやつは俺たちがボコボコにしてやるよ!」。いや、お前らだろーが!!!と思いましたが、それを言うと報復されそうなので何も言いませんでした。こうして、一週間ぐらいは平和になったのですが、しばらくするといじめが復活しました。のど元過ぎれば熱さ忘れる、という感じでしょうか。
 もう一つは、公園でボコボコにされているのを見ていた地元住民が警察に通報したときこのときの学校の対応は、異様でしたよ。いままで何も対応しなかったくせに、急に生徒指導の先生が出てきて、教室に関係者を集めて、事情聴取したり激しく怒ったりするわけですから。本来はこうであるべきなんですけどね。このときは担任のA先生ではなく、生徒指導担当っぽいB先生(いつもは関わる機会があまりなかった)がみっちり対応してくださって、非常にありがたかったんですが、一つだけ「アレ?」ということがありました。その先生が、「○○(私です)はこんなにやせっぽちだけど何も悪いことをしないのに、お前(いじめっ子のことです)はこんなデカい体なのにこんな情けないことをしている。恥ずかしくはないのか!!!」。あの、いじめを叱ろうという場で、体形のことを口に出すってどうなんですかねえ。少し違和感があります。

 こんな感じですかね。一年生の頃はこんな感じでさんざんだったわけですが、二年生になるといじめっ子と別々のクラスになり、仲のいい人とも同じクラスになったので、私がいじめにあうことはなくなりました。ただ、これは学校から暴力や嫌がらせがなくなったということではないです。場所と被害者が変っただけです。悲しいことに。そして、高校はそれぞれ受験して別々のところに行きました。学力レベルごとに分かれたのですが、私と同じような学力レベルには暴力をふるう人はいませんでした(とはいえ、嫌がらせや金品の要求などのいじめ問題はありましたし、不登校の人もいました。ただ、その高校は中学と比較するとちゃんと対応してくれました)。こうして、私はいじめという世界から離れていきました。
 いじめから離れて数年経つとはいえ、いじめ経験者であることに変わりはありません。どんなことがあったのかを書くことによって誰かの役に立つことを期待して、この文章を書きました。
 もし、これを読んだ人の中に、いじめを受けている人がいたら、「自分は孤独だ」と思わずに、ぜひ声をかけてください。ツイッターなどやっているので、もし相談などあればどうぞ。

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